神社

玉津岡神社【綴喜郡井手町】

主祭神: 下照比賣命(したてるひめのみこ)(家内和合)  祭神: 天兒屋根命(あめのこやねのみこと)    少彦名命(すくなひこなのみこと)    素戔嗚尊    味耜高彦根命(あぢすきたかひこねのみこと)    菅原道真社歴:540年(欽...
お寺

地蔵禅院【綴喜郡井手町】

山号 玉峰山  本尊 地蔵菩薩寺歴:起源は不明とされるが、白鳳年間に橘諸兄が創建と伝わる(南側に橘諸兄公墓)。1628年に、至心孝察が華厳宗から曹洞宗に改める。1856年に、賽山俊棟が現在の建物を建立した。玉津岡神社の神宮寺:本尊の脇仏不動...
その他

小野小町塚【綴喜郡井手町】

小野小町塚:台石の上に、立方体の大きな自然石が4つ積み上げられた塚である。『冷泉家記(れいぜいかき)』には、「小町六十九才井手寺に於いて死す」とあり、また、『百人一首抄』には、「小野小町のおはりける所は山城の井手の里なりとなん」とある。小町...
その他

井手の下帯物語【綴喜郡井手町】

椿坂出会い橋:平安時代の中頃、平安京の内舎人(うどねり・役人)が、奈良の三輪まで出向いたおり、現在の橋本橋のたもと「椿坂」付近で美しい少女に出会う。内舎人は少女に心を奪われ自分の衣の帯を持たせ、再開を約束しました。それから7、8年がたち、内...
その他

(大安寺旧境内附)石橋瓦窯趾【綴喜郡井手町】

(大安寺旧境内附)石橋瓦窯趾:平城京に都が造営され始めると現在の南山城地方、平城山丘陵より北は、瓦の生産拠点となり、この地方では50基以上の窯跡が見つかった。その中で、南都七寺といわれる奈良の大官大寺(大安寺)の平城京創建時の瓦が発見された...
その他

宮本水車【綴喜郡井手町】

宮本水車(橋本水車):江戸時代の文化年間(1804-1818)に宮本喜左衛門が水車を造る。その後、明治時代に水車を利用する仕事(水車生業)の許可を京都府が与える。宮本家がこの水車で搾油・精米・製粉を生業として従事し、里人の便宜をはかり、喜ば...
その他

六角井戸【綴喜郡井手町】

六角井戸:奈良時代の左大臣橘諸兄の別荘の井戸と伝わる。また、聖武天皇の玉井頓宮にあったのを移したとも伝わる。橘諸兄は、井手に住んだので、井手左大臣と呼ばれ、脇に、橘諸兄が聖武天皇を迎えた時に読んだとされる歌碑がある。葎(むぐら)はふ 賤しき...
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橘諸兄公旧跡の碑【綴喜郡井手町】

橘諸兄公旧跡の碑:橘諸兄の館の跡の石碑、橘諸兄の供養塔、奈良郡山市観光協会が植えた橘の木がある。橘諸兄は、西暦756年に引退し、757年に薨去(聖武天皇崩御の翌年)した。享年74歳であった。橘諸兄の死後の橘氏:天平勝宝9(757)年に、藤原...
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橘諸兄【綴喜郡井手町】

橘諸兄:敏達天皇の5世の孫であり、葛城王と称し、母(縣犬養三千代)の姓「橘」を継いだ。聖武天皇皇后(光明皇后)は異父妹にあたり、藤原不比等の娘を妻とした。歴史:天平9(737)年に、天然痘の流行し、藤原武智麻呂ら政権を握っていた藤原4兄弟が...
その他

玉川【綴喜郡井手町】

井手の玉川:水が清らかで古来より和歌に詠まれている。また、平成の名水百選に選ばれる。日本六玉川(むたまがわ):古歌に詠まれた全国にある六つの「玉川」の総称のこと。他に、 陸奥の野田玉川(宮城県)、武蔵の調布玉川(東京都)、近江の野路玉川(滋...