お寺

 東向観音寺(北野天満宮)【上京区】

本尊:十一面観音像(真言宗泉涌寺派)もとは北野天満宮の神宮寺(朝日寺)で、洛陽三十三所観音霊場の第31番札所となっている。寺歴:延暦25(806)年に、桓武天皇の勅命で、皇城鎮護のため創建(朝日寺)された。天暦元(947)年に、朝日寺の僧、...
その他

松向軒(大茶の井戸)(北野天満宮)【上京区】

松向軒(しょうこうけん): 細川三斎(忠興)が影向松の西に設けた茶室を復元したもので、北野天満宮境内の三茶室(梅交軒・松向軒・明月舎)のひとつである。 天正15(1587)年に、豊臣秀吉が催した「北野大茶湯」で三斎が使用した「三斎井戸」が残...
神社

影向の松(北野天満宮)【上京区】

平安時代(創建当初)から続く御神木影向(ようごう)とは: 仏教用語で、神仏が人々を救うために仮の姿をしてこの世にあらわれること。 立冬から立春前日(11月上旬〜2月上旬)の間に初雪が降ると、道真公がこの松に降り立ち、雪見の詩を詠まれる、とい...
神社

新門辰五郎(北野天満宮)【上京区】

寛政9(1797)年の生まれで、江戸の火消し「を組」の頭領であった。 娘の芳は、徳川慶喜(江戸幕府15代将軍)の側室となった縁で慶喜の信任を得た。 慶喜の京都上洛(禁裏御守衛総督)に際して、子分250人・息子率いる60人を伴い東海道を上洛し...
神社

一の鳥居(北野天満宮)【上京区】

一の鳥居(大鳥居): 大正10(1922)年に、北野天満宮皆燈講により今出川通りの南神苑に建立・奉納された。 高さは、11.4mで、柱材は、木曽産の花崗岩の一本柱である。現地で荒切りしたのちに二条駅まで貨車で搬送された。その後、二条駅からは...
神社

狛犬(北野天満宮)【上京区】

狛犬(こまいぬ): 昭和9(1934)年に、鳥居に見合うものとして製作・建立した。  高さ 約2m(台の高さ3m)  重量 2,600kgで京都府内最大級  材質 青銅製  考案  近代京都画壇の巨匠・竹内栖鳳(せいほう)  原型製作 彫刻...
神社

北野天満宮【上京区】

概要:全国約1万2000社の天満宮・天神社の総本社であり、菅原道真公(845〜903年)を祀る。天暦元(947)年に、道真の乳母・多治比文子の託宣がきっかけで創建された。永延元(987)年に、一条天皇から「北野天満大自在天神」の御神号を賜り...
その他

西陣織会館(村雲御所石碑)【上京区】

村雲御所とは:豊臣秀次の実母の智(とも)は、秀次が高野山で自害し、処刑された子や孫の菩提を弔うために、出家した。帰依していた日蓮宗による寺院を建てようとしたところ、後陽成天皇より嵯峨の村雲(現・二尊院の北側)の寺地と「瑞龍寺」の寺号そして寺...
その他

慶長天主堂跡【上京区】

レオン・パジェス(日本切支丹宗門史):上下両京、伏見、大坂及び北国の五箇所の駐在所に七人の司祭と十人の修道士がいた。公方様(徳川秀忠)は好意を持っていなかったが、さほど敵意を持っていたわけでは無く、大名でなければキリシタンになったところで別...
その他

 一条戻橋【上京区】

一条戻橋:堀川に架けられている一条通の橋で、平安京造営に際し、平安京の京域の北を限る通り「一条大路」に堀川を渡る橋として架橋された。名の由来:延喜18(918)年に、三善清行(きよゆき)の葬列がこの橋を通った際、子の浄蔵(じょうぞう)が棺に...