神社

火之御子社(北野天満宮)【上京区】

御祭神: 火雷神(ほのいかづちのかみ)御神徳: 雷除け・五穀豊穣の神で、雷除けの神として、ゴルファー・釣り人など野外スポーツを楽しむ人々の信仰を受けている。由 来: 平安京ができる前、秦氏によりこの地に雷の神(天神・雷公)を祀る神社が創建さ...
神社

 楼門(北野天満宮)【上京区】

楼門: 寺社の入口にある二階建(重層)の門のことで、下層に屋根のないもの。屋根のあるものを二重門と言う。摂社・地主社(じぬししゃ)の正面に建立されており、桃山様式で、両側に近衛府・内舎人が務める随身像(弓矢を持ち、太刀を帯びる)がある。 額...
神社

 伴氏社(北野天満宮)【上京区】

御祭神:  道真公の母と伴氏(大伴氏の出身)を祀る。御利益: 暖かい愛情で子どもを育てた道真の母親のように子どもの健やかな成長と学業成就に御利益がある。社 殿: 一間社流造・銅板葺鳥 居: 鎌倉時代の作で特徴として、①額束(がくづか)が島木...
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二の鳥居前の萩狛犬(北野天満宮)【上京区】

萩狛犬: 一対の狛犬は向かい合って坐し、顔はやや上を向く。 阿吽とも垂れ耳で、首の周りや尻尾の巻き毛がくっきりと丁寧に彫られている。 阿形の口の中には玉があり、吽形は右前肢で透かし彫りの玉(鞠)を押さえている。文久2(1862)年に山口県萩...
その他

臥牛(北野天満宮)【上京区】

神のお使いが「牛」である理由:① 菅原道真公は、丑年生まれだから。② 北野縁起絵巻に語られる伝説では、延喜3(903)年に、道長公が、大宰府で亡くなった際 「人にひかせず牛の行くところにとどめよ」と遺言。御遺骸を牛車でお運びする途中で、 車...
お寺

 東向観音寺(北野天満宮)【上京区】

本尊:十一面観音像(真言宗泉涌寺派)もとは北野天満宮の神宮寺(朝日寺)で、洛陽三十三所観音霊場の第31番札所となっている。寺歴:延暦25(806)年に、桓武天皇の勅命で、皇城鎮護のため創建(朝日寺)された。天暦元(947)年に、朝日寺の僧、...
その他

松向軒(大茶の井戸)(北野天満宮)【上京区】

松向軒(しょうこうけん): 細川三斎(忠興)が影向松の西に設けた茶室を復元したもので、北野天満宮境内の三茶室(梅交軒・松向軒・明月舎)のひとつである。 天正15(1587)年に、豊臣秀吉が催した「北野大茶湯」で三斎が使用した「三斎井戸」が残...
神社

影向の松(北野天満宮)【上京区】

平安時代(創建当初)から続く御神木影向(ようごう)とは: 仏教用語で、神仏が人々を救うために仮の姿をしてこの世にあらわれること。 立冬から立春前日(11月上旬〜2月上旬)の間に初雪が降ると、道真公がこの松に降り立ち、雪見の詩を詠まれる、とい...
神社

新門辰五郎(北野天満宮)【上京区】

寛政9(1797)年の生まれで、江戸の火消し「を組」の頭領であった。 娘の芳は、徳川慶喜(江戸幕府15代将軍)の側室となった縁で慶喜の信任を得た。 慶喜の京都上洛(禁裏御守衛総督)に際して、子分250人・息子率いる60人を伴い東海道を上洛し...
神社

一の鳥居(北野天満宮)【上京区】

一の鳥居(大鳥居): 大正10(1922)年に、北野天満宮皆燈講により今出川通りの南神苑に建立・奉納された。 高さは、11.4mで、柱材は、木曽産の花崗岩の一本柱である。現地で荒切りしたのちに二条駅まで貨車で搬送された。その後、二条駅からは...