その他

史跡山科本願寺跡公園【山科区】

概要: 文明10(1478)年から約6年をかけて造営された。 御影堂・阿弥陀堂を中心に43万坪(甲子園球場20個分)ともいわれる広大な寺域で、城塞都市の機能を持ち、平城でありながら近代城郭の要素を含む点は「城郭史上、特筆すべき城郭跡」と評さ...
その他

奥田家土塁跡【山科区】

奥田家: 西野村の山科郷士・庄屋の家柄で、西宗寺の壇家惣代などをつとめる名家であった。 山科本願寺の「御本寺」の一角に位置し寺内町の遺構として残るわずかな土塁が、奥田家敷地の北と西を囲んでいる。 明和6(1769)年に建築の茅葺の主屋・上ノ...
お寺

西宗寺【山科区】

宗派: 浄土真宗本願寺派(山号 放鶯山(ほうおうざん))本尊: 阿弥陀如来寺歴: 文明12(1481)年に蓮如上人の弟子・浄乗(海老名信忠)が山科本願寺境内に建立した。山科本願寺の防衛拠点としての役割も担う。 蓮如上人から「方便法身尊形(ほ...
その他

山科本願寺土塁跡(山科公園)【山科区】

概要: 寺中広大無辺、荘厳ただ仏国のごとしと言われた。 文明10(1478)年に蓮如上人が建設を始めた、寺内町の周囲を土塁と堀で幾重にも囲んだ防衛施設で、規模は東西800m・南北1kmあった。 しかし天文元(1532)年に武士・法華衆徒の攻...
その他

蓮如上人御廟所【山科区】

歴史: 蓮如上人は、晩年を山科の南殿で過ごし、明応8(1499)年3月25日に85歳で入寂した。翌26日に荼毘に付されて、その遺骨がこの地に埋葬された。 明治維新後は官地となったが、明治15(1882)年に明治天皇から「慧燈大師(えとうだい...
お寺

 本願寺山科別院「西御坊」舞楽寺【山科区】

宗派:  浄土真宗本願寺派本尊: 阿弥陀如来歴史: 本願寺の旧地をめぐって東西本願寺が争い、それぞれが別院を持つことで決着した。 東本願寺が長福寺、西本願寺が舞楽寺を建てた。 享保17(1732)年に第15代住如上人が「聖水山舞楽寺」を創建...
その他

蓮如上人銅像台座跡【山科区】

歴史: 昭和9(1934)年に、高さ10mの大きな銅製の蓮如上人立像が建立された。彫刻家・高村光雲が顧問を務め、建立者は江戸時代の由井正雪の子孫・卯三郎(黒岩淡哉作)である。  昭和19(1944)年に、太平洋戦争の金属供出のため撤去された...
お寺

東御坊山科別院 長福寺【山科区】

寺歴: 文明10(1478)年に、蓮如上人が山科に草庵を構えて本願寺の再建に着手し、文明15(1483)年には、門徒の力で堂舎が完成し、周囲に「寺内町」が形成されたが、天文元(1532)年に戦国の戦乱で、建物は全焼した。 江戸時代のはじめ、...
お寺

 護国寺(山科檀林)【山科区】

宗派: 日蓮宗(山号 了光山)本尊: 十界曼荼羅寺歴: 寛永20(1643)年に、法性院日勇聖人が開創し、僧侶の修行興学道場である「山科檀林」として栄えた。後水尾天皇の中宮・東福門院(徳川和子)は日勇聖人から、法華経を受講し、深く帰依したこ...
その他

 だんじょ(談所)の水【山科区】

「男女(だんじょ)」ではない  元禄3(1690)年に、周辺住民が水不足解消のため、日蓮宗・護国寺(山科檀林)の僧侶と一緒になって、用水工事を完成した。 水を地下水路で引いたのが始まりである。 護国寺は、かつて僧侶を育てる学びの場(談所・檀...