西園寺邸跡【上京区】

その他

西園寺家とは:

 藤原北家閑院流(閑院太政大臣藤原公季の五世の孫の権大納言藤原公実の四男の権中納言通季を祖)の清華家である。
 4代公経が、元仁元(1224)年に洛北の北山山荘に建立した西園寺にちなむ。

争 乱:

西園寺公経(きんつね) VS 後鳥羽上皇(承久の乱)

どんなことか:

 西園寺公経は、源頼朝の姉妹の子を妻としていたので、鎌倉幕府と近い関係であり、後鳥羽上皇に幽閉されるが、鎌倉幕府打倒計画(承久の乱)を察知して、その情報を幕府に知らせ、その勝利に貢献した。

結 果:

 幕府との結びつきを強め(関東申次に就任)、太政大臣、従一位と昇進した。婿の九条道家と共に朝廷の実権を握った。 

(百人一首)花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり

(桜の花を誘って吹き散らす嵐の日の庭は、桜の花びらがまるで雪のように降っているが、実は老いさらばえて古(ふ)りゆくのは、私自身なのだなあ。)

 北山の山荘は後に、足利義満から求められ、鹿苑寺(金閣)となった。

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