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宝ヶ池【左京区】

「宝ヶ池」の名称: もともとは「ため池」や「北浦ため池」と言われていた。 諸説があり ①農民にとって宝物のような価値のある池であったこと。 ②池の形が分銅のようでお金を表すこと。  ③宝暦年間に完成したこと、などの説がある。歴史:  宝ヶ池...
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井出ヶ鼻井堰と水門【左京区】

井出ヶ鼻井堰: 高野川から松ヶ崎に流れる唯一の取水口である。 この水門は洪水調整のため、高野川の水位が高くなると自動で閉鎖し、開門は、流量を調整しながら手動で行う。 水の管理は松ヶ崎水利組合のもとで、農家が当番制で務める水役が行っている。 ...
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松ヶ崎城跡【左京区】

天文5(1536)年に、天文法華の乱で、地元郷民が立て籠もったが、土豪・山本氏と渡辺氏が延暦寺側に寝返り松ヶ崎城を攻め落とした。 『鹿苑日記』には、「松ヶ崎ニ貝吹山トテ城跡アリ コレマタ山本氏斥候ノ所ナリト」という記述されている。「貝吹」と...
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東松ヶ崎の生活用水井戸跡【左京区】

大黒天西の石段下の井戸には、2つの言い伝えが残っている。(子狐死亡事件(言い伝え1)) 狐の子が井戸にはまって死んだ。 親狐が「今後は井戸を掘るな。掘った家は不幸になる。その代わりこの井戸は枯れないようにする。」と告げた。 それから、井戸を...
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狐坂【左京区】

「木摺坂」(きすれざか)から転訛: この山は木が茂って、木が摺れて行き来するのに歩きにくかった「木摺坂」(きすれざか)と呼ばれたのが始まりで、江戸時代の『拾遺都名所図会』や岩倉大雲寺の境界記録古証文には「木列坂」(きつれざか)と記載されてい...
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涌泉寺墓地【左京区】

石川丈山(江戸時代初期:徳川家譜代武士)が京都に隠棲する地を探していた時、松ヶ崎の村人は、「狐坂のほとりに山荘を造るらしい」と聞いた。 村人は「幕府の高官が来ると何かと煩わしいことになる」と考え、狐坂の横に大急ぎで墓石を運び、墓地を作った。...
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桜井水【左京区】

桜井水: 自然石で囲った浅い井戸で、清らかな水が枯れること無く湧き出ている。 上に「南無妙法蓮華経 桜井水」と刻まれた石碑があり、墓参の供え水とする聖域である。拾遺都名所図絵:松崎の西北、岩蔵にいたる坂のまへ、右の道のかたはらに、山の神とな...
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松ヶ崎百人衆【左京区】

松ヶ崎百人衆: 平安遷都の時に桓武天皇が百姓百軒を松ヶ崎に移住させて、田と山林を貸し与えたと伝わる。 安定して皇室に米など農作物を作ることが求められたことから、分家が許されないなど、今も伝わる掟(定法・条目)があった。 その代わりに収入が安...
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湯本文彦旧宅【上京区】

平安通志と大極殿遺址碑の碑文に関与: 湯本文彦は「府治志(北垣国道が知事に就任してからの府政を記録)」や「京都府寺志(京都府の社寺志の編纂)」を担当した経緯により、平安遷都千百年紀年事業として、「平安通志」と言われる平安遷都から明治に至るま...
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第2期蹴上発電所(琵琶湖疏水)【左京区】

蹴上発電所:19台の多様な種類の発電機(直流と交流、電圧、周波数が異なる)による発電を行ったのは、照明・工場動力・路面電車などの用途に合わせた発電機であっため。そのため利用者に各発電機から独立して送電を行っていた。建物の12列3段の穴は、電...