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 一夜松(北野天満宮)【上京区】

道真公の御託宣:一夜松君棲(す)まん所は一夜に千本の松生ずべし 私の魂を祭るべき地には、一夜にして千本の松を生じさせる、との道真公の御託宣があり、その地に北野天満宮が創建された。 紋所の「三蓋松」は、枝葉が3層に重なった松を側面から見た形を...
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飛梅(北野天満宮)【上京区】

飛梅伝説:菅原道真公が、慣れ親しんだ紅梅殿の梅に、東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて春なわすれそ と詠った。主人(道真)を慕った梅は、道真が大宰府に着くと、一夜のうちに道真の元へ飛んで来たという伝説。地図を見る
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 渡辺綱の灯籠(北野天満宮)【上京区】

「鬼斬丸」の由来:髭切丸から鬼斬丸に 渡邊綱が、所用で夜半一条戻り橋にさしかかると、若く美しい女性が、深夜なので家まで送って欲しいと頼まれる。 しばらく進むとその女性は、恐ろしい鬼の姿となり、渡辺綱を捕らえて舞い上がった。 愛宕山へ連れ去ろ...
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星欠けの三光門(北野天満宮)【上京区】

慶長12(1607)年に、豊臣秀頼が建立した中門(重要文化財)。星欠けの三光門: 梁に太陽(日)(赤い円)と月(金色の円)の彫刻はあるが、星がないことから「星欠けの三光門」といわれている。 平安時代に天皇が大極殿から遥拝した際、この門の真上...
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 大黒天の燈籠(北野天満宮)【上京区】

大黒天の燈籠: 台座に大黒様の像が刻まれている。この大黒様の口に、小石をのせて落ちなければ、その小石を財布に入れて祈るとお金に困らないと言われている。 石燈籠は、江戸時代に「大黒屋」を中心とする質屋の組合によって奉献され、このことからお金の...
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臥牛(北野天満宮)【上京区】

神のお使いが「牛」である理由:① 菅原道真公は、丑年生まれだから。② 北野縁起絵巻に語られる伝説では、延喜3(903)年に、道長公が、大宰府で亡くなった際 「人にひかせず牛の行くところにとどめよ」と遺言。御遺骸を牛車でお運びする途中で、 車...
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松向軒(大茶の井戸)(北野天満宮)【上京区】

松向軒(しょうこうけん): 細川三斎(忠興)が影向松の西に設けた茶室を復元したもので、北野天満宮境内の三茶室(梅交軒・松向軒・明月舎)のひとつである。 天正15(1587)年に、豊臣秀吉が催した「北野大茶湯」で三斎が使用した「三斎井戸」が残...
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西陣織会館(村雲御所石碑)【上京区】

村雲御所とは:豊臣秀次の実母の智(とも)は、秀次が高野山で自害し、処刑された子や孫の菩提を弔うために、出家した。帰依していた日蓮宗による寺院を建てようとしたところ、後陽成天皇より嵯峨の村雲(現・二尊院の北側)の寺地と「瑞龍寺」の寺号そして寺...
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慶長天主堂跡【上京区】

レオン・パジェス(日本切支丹宗門史):上下両京、伏見、大坂及び北国の五箇所の駐在所に七人の司祭と十人の修道士がいた。公方様(徳川秀忠)は好意を持っていなかったが、さほど敵意を持っていたわけでは無く、大名でなければキリシタンになったところで別...
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 一条戻橋【上京区】

一条戻橋:堀川に架けられている一条通の橋で、平安京造営に際し、平安京の京域の北を限る通り「一条大路」に堀川を渡る橋として架橋された。名の由来:延喜18(918)年に、三善清行(きよゆき)の葬列がこの橋を通った際、子の浄蔵(じょうぞう)が棺に...