2025-12

その他

蹴上発電所取水口・送水管【左京区】

蹴上発電所取水口・送水管:蹴上水力発電所への長さ約350mの送水管で、周囲の景色に配慮して茶色に塗られる。取水口に、落ち葉やゴミを取り除くコンベアが設置されている。蹴上にて最大4,500kWの発電を行い、明治28年に日本で最初に路面電車を走...
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第1・第2疏水合流部(琵琶湖疏水)【左京区】

扁額:藉水利資人工(すいりをかりてじんこうをたすく)意 味 :自然の水の力を人間の仕事に役立てる揮 毫 :田邉朔郎(京都帝国大学理工科大学教授)洗堰とは:水流をせき止めてその上を水があふれて流れるように作られた構造物の総称のこと。・余分な水...
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田邊朔郎銅像(琵琶湖疏水)【左京区】

市民の寄付:昭和57(1982)年に市民の寄付により建立された。28歳でアメリカに調査のために旅立つ際の姿であり、右手に設計書を持つ。田邊博士顕彰碑:「工學博士 田邊朔郎君 紀行功碑」碑文 府知事 池松時和 筆 山本 寛山礎石の中に石の唐櫃...
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インクライン(琵琶湖疏水)【左京区】

インクライン(傾斜鉄道):蹴上船溜まりと南禅寺船溜まり間で高低差36m、距離582mを繋いでいる。舟の積荷を下ろさずに、片道10分から15分で台車に載せて上下する。水車動力でドラム(巻上機)を回転させ、ロープを巻き上げて台車を上下させる設計...
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琵琶湖疏水工事殉難者碑【左京区】

殉難者碑:高さ(203cm)×幅(104cm)×奥行(29cm)の碑で、明治35(1902)年に疏水工事での殉難者17名を追悼するため、田邊朔郎が私費で建立した。大正8(1919)年に京都市に寄贈された。(参考)黒四ダムでは殉難者171名碑...
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本願寺水道(琵琶湖疏水)【蹴上〜東本願寺】

目的と規模:東本願寺のために蹴上船溜りから防火用の送水路を整備した。延長4.6km、直径約30cmの鋳鉄管で、工事費(14.4万円)は、本願寺が負担した。経過:東本願寺は、江戸時代に4回、火災で焼失しており、直近は禁門の変で焼失した。そのた...
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御所水道(琵琶湖疏水)【蹴上〜京都御苑】

経過: 明治10(1877)年に宮内省は御所を保存し、京都御苑として整備することを決定したが、江戸時代に8度火災被害を受けたので、御所水道を計画した。 明治23(1890)年に着手し、明治24(1891)年に完成した。大日山(旧九条山浄水場...
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第3トンネル(琵琶湖疏水)【東山区】

扁額:第1疏水のトンネルなどに設置されている明治の元勲をはじめとする先人たちの揮毫で、石に文字を掘り込んだ額大津側は、文字を掘り下げた陰刻京都側は、文字が浮き出る陽刻扁額:第3トンネル西口美哉山河(うるわしきかなさんが)意味 :なんと美しい...
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琵琶湖疏水【大津市〜京都】

国宝・重要文化財に新たに指定すること文化審議会の答申: 琵琶湖の湖水を京都へ疏通し、舟運、灌漑(かんがい)、防火、発電、水道といった多岐の機能を果たす長大な運河の構成施設。 西洋技術の習得過程にあった明治中期において、当時の土木技術の粋を集...
お寺

東寺(宝蔵)【南区】

宝蔵(重用文化財):桁行三間梁間三間、校倉、寄棟造、本瓦葺創建は不明(平安時代後期)とされている。最初は、南北二宇であった。火災で焼失し、南側の宝蔵のみ現存する。北側には礎石のみ残る。なお南側の宝蔵は、南向きの扉に改造された。宝蔵の床材は全...