安井金比羅宮【東山区】

神社

御 祭 神 :

大物主神、崇徳天皇、源頼政

社  歴

天智天皇の御代に、藤原鎌足が一宇の寺を建立したことが始まりとされる。
藤を植えて藤寺といわれたが、この藤を崇徳上皇が好んだことから、保元の乱に勝った後白河法皇の命で、敗れた崇徳上皇の霊を慰めるために光明院観勝寺を建立した。その後荒廃する。

元禄8(1695)年に、太秦安井の安井門跡蓮華光院を現在の地に移転し、併せて讃岐国金毘羅大権現の祭神(大物主神・源頼政)を勧請した。
神仏分離令にて、蓮華光院が廃され、安井神社、後に安井金比羅宮と称された。

御背(ごはい)の御扉(みとびら)

本殿中御座の内陣の真後ろに位置する扉のことで、神社建築では、本殿裏側に扉を設けることは非常に珍しい。寺院の鎮守社であったことから仏教建築の影響によるものと考えられる。
なお、本殿の外では、御神座に最も近いことから、正面および御背の御扉で祈願する習わしがある。

縁切り縁結びの碑

悪縁を絶ち、良縁を結ぶとされる。縁切りの起源は、崇徳上皇が讃岐に流された時に、金毘羅宮に籠り、一切の欲を捨て祈願した故事による。
巨石には「形代」がぎっしりと貼られている。

咡社(ささやきしゃ)

人に言えない秘めた願い事や、言葉や文字にできない悩みや不安、苦しみを、心の中で囁くことで、聞き漏らさず聞き入れてくださる神様である。

八大力尊社

この地にあった蓮華光院の御堂の柱を支えた力石であったと伝えられている。
八体の御石像は、基壇の一部として建物を支え続けたことに由来し、基礎を固めて困難や逆境に打ち勝つ力、社会を生き抜く能力を授けてくださる神様として崇敬されている。

安井天満宮:

御祭神 菅原大神(菅原道真公)
学問の神様としての信仰の他に名誉を回復し雪辱を果たす神様として崇敬されている。
江戸時代の「洛陽天満宮二十五社巡拝」の社の一つであり、綱敷(つなしき)天神、梅丸天神とも呼ばれていた。

狛犬:

明和4(1767)年に木屋町二條の人々が建立(銘文)した。年代が明確な石造狛犬としては、京都市内最古である。

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