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インクライン(琵琶湖疏水)【左京区】

インクライン(傾斜鉄道):蹴上船溜まりと南禅寺船溜まり間で高低差36m、距離582mを繋いでいる。舟の積荷を下ろさずに、片道10分から15分で台車に載せて上下する。水車動力でドラム(巻上機)を回転させ、ロープを巻き上げて台車を上下させる設計...
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琵琶湖疏水工事殉難者碑【左京区】

殉難者碑:高さ(203cm)×幅(104cm)×奥行(29cm)の碑で、明治35(1902)年に疏水工事での殉難者17名を追悼するため、田邊朔郎が私費で建立した。大正8(1919)年に京都市に寄贈された。(参考)黒四ダムでは殉難者171名碑...
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本願寺水道(琵琶湖疏水)【蹴上〜東本願寺】

目的と規模:東本願寺のために蹴上船溜りから防火用の送水路を整備した。延長4.6km、直径約30cmの鋳鉄管で、工事費(14.4万円)は、本願寺が負担した。経過:東本願寺は、江戸時代に4回、火災で焼失しており、直近は禁門の変で焼失した。そのた...
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御所水道(琵琶湖疏水)【蹴上〜京都御苑】

経過: 明治10(1877)年に宮内省は御所を保存し、京都御苑として整備することを決定したが、江戸時代に8度火災被害を受けたので、御所水道を計画した。 明治23(1890)年に着手し、明治24(1891)年に完成した。大日山(旧九条山浄水場...
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第3トンネル(琵琶湖疏水)【東山区】

扁額:第1疏水のトンネルなどに設置されている明治の元勲をはじめとする先人たちの揮毫で、石に文字を掘り込んだ額大津側は、文字を掘り下げた陰刻京都側は、文字が浮き出る陽刻扁額:第3トンネル西口美哉山河(うるわしきかなさんが)意味 :なんと美しい...
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琵琶湖疏水【大津市〜京都】

国宝・重要文化財に新たに指定すること文化審議会の答申: 琵琶湖の湖水を京都へ疏通し、舟運、灌漑(かんがい)、防火、発電、水道といった多岐の機能を果たす長大な運河の構成施設。 西洋技術の習得過程にあった明治中期において、当時の土木技術の粋を集...
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南山城水害水難記念碑【綴喜郡井手町】

南山城水害:昭和28年災害昭和28(1953)年8月14日~8月15日に、京都府南部(綴喜郡及び相楽郡)で、集中豪雨が原因となって木津川の支流で発生した水害のこと。南山城地域は、南下してきた寒冷前線が停滞し集中豪雨に襲われ、400ミリを超え...
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蛙塚(かわずづか)【綴喜郡井手町】

蛙塚(かわずづか)のいわれ:橘諸兄が三本足の蛙を祀ったからと伝えられる。三本足の蛙は、青蛙神(せいあじん)と言われ中国の霊獣で縁起の良い福の神といわれている。江戸時代には、この付近に覚音阿闍梨が玉井寺(ぎょくせいじ)を建立した。「玉井」と「...
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小野小町塚【綴喜郡井手町】

小野小町塚:台石の上に、立方体の大きな自然石が4つ積み上げられた塚である。『冷泉家記(れいぜいかき)』には、「小町六十九才井手寺に於いて死す」とあり、また、『百人一首抄』には、「小野小町のおはりける所は山城の井手の里なりとなん」とある。小町...
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井手の下帯物語【綴喜郡井手町】

椿坂出会い橋:平安時代の中頃、平安京の内舎人(うどねり・役人)が、奈良の三輪まで出向いたおり、現在の橋本橋のたもと「椿坂」付近で美しい少女に出会う。内舎人は少女に心を奪われ自分の衣の帯を持たせ、再開を約束しました。それから7、8年がたち、内...