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東寺(宝蔵)【南区】

宝蔵(重用文化財):桁行三間梁間三間、校倉、寄棟造、本瓦葺創建は不明(平安時代後期)とされている。最初は、南北二宇であった。火災で焼失し、南側の宝蔵のみ現存する。北側には礎石のみ残る。なお南側の宝蔵は、南向きの扉に改造された。宝蔵の床材は全...
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井堤寺址【綴喜郡井手町】

井堤寺(円堤寺):左大臣橘諸兄が母三千代の一周忌に創建したもので、一族の繁栄を願い建立した氏寺である。七堂伽藍の壮大な威容で金堂の四面に山吹を植えて、水に映る風情を楽しむと伝わっている。道路改良工事にて柱穴が確認でき、礎石、銅銭、鏡や軒瓦な...
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五重塔基壇跡【綴喜郡井手町】

橘嘉智子(壇林皇后)による建立か:令和2年の発掘調査で一辺15.3mの塔基壇跡が発見され、規模から五重塔と推定された。基壇の中心部から地鎮のために埋葬されたと思われる銭貨「冨壽神寶・ふじゅしんぽう」(818年初鋳)が出土したことから、橘諸兄...
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地蔵禅院【綴喜郡井手町】

山号 玉峰山  本尊 地蔵菩薩寺歴:起源は不明とされるが、白鳳年間に橘諸兄が創建と伝わる(南側に橘諸兄公墓)。1628年に、至心孝察が華厳宗から曹洞宗に改める。1856年に、賽山俊棟が現在の建物を建立した。玉津岡神社の神宮寺:本尊の脇仏不動...
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南蛮寺跡【中京区】

南蛮寺(正式名称「被昇天の聖母教会」)の歴史:耶蘇会(イエズス会)が四条坊門姥柳(うばやなぎ)町に建立し、京都でのキリスト教と南蛮文化の中心となった。永禄2(1559)年(戦国末期)に京都でのキリスト教布教が本格化永禄4(1561)年に礼拝...
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大徳寺龍源院【北区紫野】

寺歴文亀・永正年間(1501-21)に畠山義元・大友義長が創建した。東溪宗牧(とうけいそうぼく)が開祖で、当初は霊山一枝軒と称された。永正11(1514)年頃 本堂(重用文化財)が建立大徳寺南派の本庵方丈(重要文化財)中世の客殿遺構の代表例...
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将軍塚青龍殿【山科区厨子奥】

青蓮院の飛地境内天台宗三門跡の一つである青蓮院の飛地境内であり、青龍殿は、国宝「青不動明王二童子像」を祀るための建物。 平成10(1998)年に京都北野天満宮前の警察の柔剣道場であった「平安道場」を移築し、再建したもの。新たに木造大舞台が設...
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東寺(金堂)【南区】

金堂(国宝)位置や規模が創建当時のままで、諸堂の中で最初に建設が始まる。空海に下賜された弘仁14(823)年頃には完成した。現在の金堂は、慶長8(1603)年に豊臣秀頼が再建しており、和様・唐様・天竺様を折衷した桃山時代の仏寺建築となってい...
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東寺(五重塔)【南区】

55mの5重塔で5代目(国宝)我が国で最大の五重塔、4回焼けて5代目であり、現在の塔は徳川家光が正保元(1644)年に再建したもの。大日如来に見立てた心柱を初層まで通し、柱の四面を背に金剛界四如来が座り、脇侍に八大菩薩、四天柱には金剛界と胎...
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東寺(鎮守八幡宮)【南区】

本尊の八幡三神像(国宝)一本の霊木から3神を造り出したという神像彫刻の最古の作例の1つとなる。延暦15(796)年に(東寺創建)王城鎮護のため創建された。明治元(1868)年に焼失したが、平成3(1991)に再建された。薬子の変(弘仁元(8...