御所水道(琵琶湖疏水)【蹴上〜京都御苑】

その他

経過:

 明治10(1877)年に宮内省は御所を保存し、京都御苑として整備することを決定したが、江戸時代に8度火災被害を受けたので、御所水道を計画した。
 明治23(1890)年に着手し、明治24(1891)年に完成した。大日山(旧九条山浄水場)に設けた貯水池から京都御所まで、約4キロに専用の鉄管(口径60センチ)が敷かれている。 

貯水池がなぜ必要か?:

 蹴上と京都御所の標高差は30メートルであるが、この標高差では、自然水圧で防火用水としての十分な水圧がでない。
 そのため、一度、大日山貯水池に汲み上げて、標高差を利用して、防火のための水圧を確保した。 池の満水時の水面と御所付近の標高差は約60メートルあり、弁を開けば、御所内の消火栓から自動的に放水される仕組みであった。

貯水池まで汲み上げるために:

 琵琶湖疏水の岸にポンプ室を設けて、大日山貯水池に疏水の水を汲み上げて給水する仕組み。

御所水道用ポンプ室の目的:

 蹴上船溜まりから30m高い大日山の貯水池に汲み上げる。

利用方法:

 池の満水時の水面と御所付近の標高差は約60メートルで、弁を開けば水圧で、御所内の消火栓から自動的に放水される仕組みであったが、常に高圧で保つと管の漏水の恐れがあるため、火事の時のみ高圧に切り替えていた。
 そのため宮内庁の職員2名が24時間体制でポンプ室横の事務所に詰めていた。

役に立ったか:

 昭和29(1954)年8月16日に鴨川で開催された花火大会の落下傘花火が、檜皮葺きの小御所の屋根に落下して火事となったが、延焼を止めることができた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました