旧松崎寺・妙泉寺跡(松ヶ崎小学校)【左京区】

お寺

寺歴:

正暦3(992)年に中納言源保光が松崎寺を創建『日本紀略』する。後に歓喜寺(天台宗)と
 改める。(住持実眼が日像に帰依し、日蓮宗に改宗)妙泉寺(日蓮宗)と改める。
天文5(1536)年に天文法華の乱で焼失する。
天正3(1575)年に再興される。
明治9(1876)年に寺域の一部が松ヶ崎小学校となる。
大正7(1918)年に北東の本涌寺と合併し、涌泉寺となる。 跡地は、松ヶ崎小学校となる。

源保光:

 醍醐天皇の孫(醍醐源氏)で、代明親王の次男。官位は従二位で桃園中納言と言われる。
永延2(988)年に中納言となり長徳元(995)年に亡くなる。

源保光の庭石(景石):

平成15(2003)年に出土する。小学校北側の山麓の石垣前にある。

歓喜寺(天台宗)から妙泉寺(日蓮宗):

 徳治元(1306)年に歓喜寺(天台宗)住職の実眼が、夢で白い狐に乗った翁から「都に行き日輪の像を拝むよう」告げられた。そして実眼は京の町で、辻説法をしている僧・日像に出会った。
 お告げと悟った実眼は、日像の教えを熱心に聞き、日蓮宗に改宗し、寺名を妙泉寺と改める。

全村改宗:

 実眼は村人に天台宗から日蓮宗への改宗を説得したが、拒まれた。しかし日像上人が講話を行うと、村人全員(470人余)が改宗したと伝わる。
 村人全員が一緒に日蓮宗に改宗したのは、松ヶ崎百人衆の誇りと地域の結束の固さと言われている。

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