橘諸兄【綴喜郡井手町】

その他

橘諸兄:

敏達天皇の5世の孫であり、葛城王と称し、母(縣犬養三千代)の姓「橘」を継いだ。
聖武天皇皇后(光明皇后)は異父妹にあたり、藤原不比等の娘を妻とした。

歴史:

天平9(737)年に、天然痘の流行し、藤原武智麻呂ら政権を握っていた藤原4兄弟が死去した。そして、橘諸兄が大納言となった。
天平10(738)年に右大臣に昇任し、太政官の中心的存在となり、天平15(743)年に左大臣となった。749年正一位。

橘氏系譜:

橘諸兄関連の歴史:

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