長徳寺【上京区】

お寺

宗 派:

浄土真宗大谷派(山号:雙松山)

寺 歴:

 元は相国寺の南にあったが、禁門の変の2年前に相国寺の南が、薩摩藩邸となったことで、現在地に移転した。

会津藩洋学所:

元治元(1864)年(禁門の変の2年前)に会津藩士山本覚馬は、英語と蘭学を教える洋学所を開いた。

山本覚馬とは:

 初代の京都府議会議長(新島八重の兄)であり、身分にとらわれず他藩にも門戸を開き、誰もが学ぶ機会を持つべきと考えていた。
 江戸留学で黒船のことを見聞し、外国に占領されるのではないかと危惧し、若手育成が早道と考えた。

山田宗徧(やまだ そうへん):

江戸時代前期の茶人で、千宗旦に師事し宗旦四天王の筆頭となる。宗徧流茶道を興した。82歳で江戸で死去した。

 元禄赤穂(忠臣蔵)事件:

脇屋新兵衛こと大高忠雄(赤穂浪士四十七士の一人)が、山田宗徧に弟子入りした。
山田宗徧が、吉良上野介から、吉良邸での茶会に招かれ出席したことから、12月14日の吉良邸での茶会の情報を知った、とされる。

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