新門辰五郎(北野天満宮)【上京区】

神社

 寛政9(1797)年の生まれで、江戸の火消し「を組」の頭領であった。
 娘の芳は、徳川慶喜(江戸幕府15代将軍)の側室となった縁で慶喜の信任を得た。
 慶喜の京都上洛(禁裏御守衛総督)に際して、子分250人・息子率いる60人を伴い東海道を上洛し、二条城の警備などを行った。後に、将軍家御雇京都消防方に任ぜられた。

任侠の人:

 禁門の変(元治元(1864)年)で死亡した部下44人の慰霊碑を、宿舎であった来迎寺(二条城近く)に建立した。幕末の動乱を武士でなく任侠として生き抜いた人物であった。

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